3連休の最終日。いかがお過ごしですか?
お休みの人も、仕事の人も読んでいただいて、ありがとうございます。
7月に入ってから大きな癒しの波が押し寄せていて、すべての発信が低浮上になっております<(_ _)>
病んでいるわけじゃなく、むしろ、とても満たされた気持ちでいっぱいで、自分の内側から湧いてくる感覚を味わっているような感じです。
日常では心配事もあるし、チクチクと心が痛むこともあるけど。
過去の経験をしっかりと受けとめ、次に進もうとしているのかな~と思います。・・・わかりにくいですね(笑)
ハウルの動く城
いまの心境をなんとか伝えたいんですが、ハウルの動く城の話をしてもいいですか?
心と体が分離したハウル
ハウルは魂と引き換えにカルシファーと契約し『心』は、体内ではなく、動くお城の暖炉にあります。
彼は魔法が使えるけど、いつも臆病で逃げ腰。
ハウルの家である動く城は便利で、ドアノブをクルッと回せば、一瞬で違う街に行けるんですね。だけど、ハウルは
- ジェンキンス
- ペンドラゴン
など、街ごとに偽名を使っているので、だれもハウルが住んでいると気づきません。
ハウル曰く「自由に生きるのに必要なだけ」名前がいるのです。
あるとき、師匠のサリマンから呼び出されて王室に向かうことになっても、
「そうだ!ソフィーが母親のフリをして『ハウルは来ません』って言ってくれたらいいんだ!」
と、代役を使い、直接対決を避けます。
心を取り戻したハウル
そんなハウルですが、ヒロインの【ソフィー】と過ごすことで心境の変化が起きます。
戦地に向かうのを止めようとするソフィーに対して
「僕は十分逃げた。ようやく守らなければならないものができたんだ。君だ」
と言い残し、飛び込んでいくんですね。
そして物語の最後。
戦いでボロボロになり、気を失って倒れているハウルの体に、ソフィーがカルシファー(ハウルの心)を戻します。
目を覚ましたハウルは開口一番
「こりゃひどい。体が石みたいだ」
と苦笑い。
ソフィーは、意識を取り戻したハウルに抱き着いて
「そうなの、心って重いの!」
と嬉しそうに伝えます。
能力と気持ち
映画を観てない人には伝わりにくいかもしれなけど(汗)
私もハウルのように、「こうなりたいな」と思う理想の自分を手に入れるために、仕事を通して能力や評価を求めてきました。
だけど、がんばっても、がんばっても。心は満たされるどころか、
- 孤独感
- 苛立ち
- 寂しさ
- 苦しさ
といった感情が増すような気がしていました。
評価されるほど「欲しいのはコレじゃない」とか「みんな、わかってない」みたいな思考になっていました。
何度も「もうムリ。働きたくない」と思ったけど、完全に無職になってボーっとするなんて、選択肢にもなかったな
振り返ると、高校生のとき。
勉強、部活、友人関係といった能力を思うように発揮できなくなり、同じ時期に家庭内もギスギスしはじめて、自信も居場所もなくなったんですね。
唯一、自分が輝いていると実感できたのが居酒屋のアルバイトでした。
本当に満たしたかったもの
そこから約17年。働いて評価されることが私のアイデンティティになっていました。
だけど本当に満たしたかったのは、
- 勉強についていけない戸惑い
- 部活でレギュラーになれない悔しさ
- オシャレで可愛くてキラキラした友達への憧れ
それから、
- トラブルを起こした母への失望
- 母をそんな状態にした父への怒り
- 変わってしまった家族への混乱
こうした気持ちの部分だったんですね。
当時の私は、こうした現象を言葉で表現できないので、気持ちの存在も自覚できず、ひたすら働くことに没頭したのだと思います。
それしか術を知らなかった。
本当にほしいのは気持ちだったなんて、まさか!気づきませんでした。
他者を心に入れて包み込む
ハウルの話との関連がよくわかんないね。
ついて来れてないよね、ごめんね。私もよくわかってないや。
こんな状態になったのは、バイロン・ケイティ・ワークと呼ばれるものを体験し、人と接しているときの性格の反応を生々しく体感したのが大きいと思います。
すごい抽象的だけど、これまでは他者の存在を【頭】で認識していたけど、【心臓の位置】で感じるようになった。
これまでは、関わった人を思い浮かべるとき、ボヤっと写真を眺めるように脳内でイメージしていたけど。いまは、心臓や胃のあたりに出てくるんです。
家族や、過去の上司や同僚、友達、元彼。
苦手な人、嫌いだった人、わだかまりのあった人
今日話した店員さん、関わってくれた人たち。
みんな、みんな。
心のなかに入れて、包み込むことができるんです。(胸の中心あたりで抱きしめるイメージができる)
それこそ石のように、ずっしり重いものを内蔵に感じるけど。過去に関わってくれた人を思い出すと、生温かい感じで、なんだか妙にリアリティがある。
この現象を体感したとき、ボロボロ泣きました。
温かい交流の記憶に触れることができた
父と同じ血が流れていることに反吐が出そうで、母の生き方や人間性を全否定して「あの人たちとは関わらない」と思った時期もありました。
それが、いま
「私は受け入れられていた」
「支えられていた」
「たくさん愛されていた」
「いまも愛されている」
こんな気持ちが湧いてきて、それを証明するような過去の記憶も蘇ってきます。
ハウルみたいに、心と体がつながったのだと思う。とても穏やか。
こんな状態なので、とっても抽象的で伝えるのが難しくて。ブログにもメルマガにも、どうやって書けばいいかわらかず、とりあえず観察していました。
いま言葉にできるところから、とにかく表現してみました。
長文なうえに読みにくい内容になってしまいました。最後まで読んでいただいて、ありがと