過保護な母と3ヶ月連絡を絶ってわかったこと

この記事は2017年頃にメルマガで配信したものを再編しています。

外部の声を遮断して自分に集中するために、母に「しばらく会わない」と連絡してから3か月経ちました。

優しすぎる母

HSPやアダルトチルドレンの母親って『毒親』なイメージがあるかと思うけど。

私の母はとても優しい。優しすぎる。「誰かの面倒を見ていないと不安になる人」という表現が適切で、面倒を見ることで自分の価値を見出す。

だから、手のかかる子供(私)がいないと不安なんだって気づきました。

はたから見ると、子供のことを心配している優しいお母さん。

厳しく育てられた人は、「否定されるより、心配して面倒をみてくれる優しいお母さんの方がいいじゃん!」と思うでしょ。

私も以前は、優しくしてくれるんだから悪く言ったらいけないと考えてました。

だけど、私が家族との間に境界線をうまく作れなかった原因のひとつに、確かに母との関係があった。

つまり、過保護な愛情。

弱い姿を見せるとかまってくれる

本当優しくて、いつも私を心配して応援してくれる母親。今考えると、私に心配されるだけの要素が満載だったんですよね。

小さい頃から体が弱くて体調を崩していたし、高校生で心療内科に通っちゃうし。

心も体も不安定なので、母親からしたら、まさに「私が面倒見てあげなきゃ」と思う子供。

私はそこに甘えていたんだなーって。

  • 反抗するとお母さんが悲しむ
  • 私が弱っているとお母さんがかまってくれる
  • お母さんを求めることが私の役目だ

いつのまにか、こう思うようになっていて。

自分でなんとかする、自分の意思を通すという「羽をもがれている」事実に気づかなかった。

ちょっとでもうまくいかないことがあると、母に連絡して「やっぱり私は何もできない、弱い子なんだ」という確認作業から抜け出せなくなっていたんですね。

「母親」から「一人の女性」へ

3か月連絡を絶ってみると、母と心理的な距離を取れるようになり、一人の女性として客観的に見れるようになりました。

そうすると、躊躇せず色んなことが聞けるようになったんです。

子育ての苦労話とか、会社の人間関係とか聞いていると、「私と母」から「社会の一員としての母」という見方をするようになりました。

これは私の想像だけど、自分の子育てへの自信の無さと罪悪感が、過保護に愛する行為へと向かわせたんだと考えてる。

年子の姉がいるから、育児を始めて数年間は本当に大変だったみたい。

姉は、かまって欲しいと泣いたり、何かと母の注意を引こうとするタイプ。一方の私は、ミルクさえあげれば、静かに寝る。

どうしても、私より姉を優先することが多かったと話してました。

たった3か月ですが、物理的な距離を置くことで、母親というフィルターを外して、ひとりの人間として接する意識を持てるようになった気がします。

 

▽3年後に気づいた本音▽

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