幼少期の愛情不足が原因で恋愛ゲームしかできません

こんにちは、ももか(@momohsphss)です。

今回は「ゲームのような恋愛をしている自分が嫌」というメッセージについて、回答していきます!

メッセージ

私は幼少期の愛情不足が原因で、それを外の人に埋めてもらおうと昔から人を好きになりやすいことに悩んでいます。

好きにさせることを楽しみ、いざ相手が振り向くと冷めてしまう、ゲームのような恋愛をしている自分が嫌です。

それが原因でストーカーに遭い、ストーカー本人が周りに言いふらして学校生活を送っていました。

一番仲のいい友達が家庭事情とストーカーに遭ったことを理解してくれて、とても心強いです。あとスクールカウンセラーの存在も不安なメンタルを保ってくれて頼もしいです。

ですが、いつまでも友達に頼るのも申し訳なく、スクールカウンセラーも在学中まで。

彼氏とまではいきませんが、一般的なものさしではかろうとせず、私を理解してくれる男性がいてくれたら…と思うようになりました。

こんな理由で心の支えになってくれる異性を求めてもいいのでしょうか。

厳しい言い方だけど

幼少期に十分な愛情を受けられず、ゲームのような恋愛しかできなくなったけど、自分を理解してくれる男性が欲しいってことですよね。

つまり、友達ばかりに頼るのが申し訳ないし、卒業したらスクールカウンセラーもいないから、次の頼り先に「こんな私を理解してくれる男性が欲しい」という…

うーん…汗

相手にするのは生身の人間なので、何かしてくれることばかり求めていると、お互いツラくなってしまいます。

「受け入れて欲しい」と思うと、良い面だけ見せたくなりますが、心の支えになってもらうには弱みを見せる段階が必要です。

いまの状態で、本当の飾らない自分を見せられますか?

原因は幼少期の愛情不足?本当に?

いま自分が人の愛し方がわからない原因を幼少期の親の愛情不足に直結させるのは、ちょっとね、判断が難しいですよね。

確かに、幼少期の愛情不足は依存的になる大きな原因です。

「親に(望む形で)ちゃんと愛されなかったから、変な男性ばかりに出会ってしまい、私は寂しくて孤独なんだ。」と思いたくなる。わかる!私も同じこと考えてた!

 

いまの相談者さんの行為は、おそらく愛情の確認行為と呼ばれるものです。

目の前に全力で愛情をくれる人がいても、「うそ!信じられない!」と否定して、相手の反応を確認することがやめられない。

自分で自分を愛する

相談者さんにやって欲しいことは、まず自分を愛する練習です。

オススメは自分の体に触れること。物理的に体を労ることで、大切にしている感覚を味わっていきます。

抱きしめたり、なでなでしてあげたり、ハンドクリームやボディクリームを丁寧に塗って、自分の体温を感じてみるのもいいですね。

そして、「今までごめんね、ありがとう」と声をかけてみてください。

最初は違和感だらけだと思うけど、続けているうちに過去の寂しさが癒される感覚が溢れてきます。

愛して欲しいなら、愛し方を学ぶこと。

ありきたりな映画のセリフみたいだけど、真理をついた言葉だと思います。

誰かを求めたくなる気持ちを、そのまま自分に向けてみて。大丈夫、必ず変われますから。

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