情報断食中に、初めて自分探しノートを冷静に振り返って、いろいろデータをまとめたりして。
自分を表す言葉を集めることと、自分の言葉を増やすことって、別物なんだなぁと気づきました。
6年分のノートを断捨離

年末年始で断捨離をして、6年分の日記、セミナーや講座の資料、勉強ノート、本など、ガッツリ整理したんですね。
そのなかで、ブログ記事の書き方とか、同じような内容を何度もメモしていて。
「ノートに書いてまとめた」っていう記憶はあるけど、全然身についてなかったことに気づきました。
日記や、講座の資料とかも。書いて満足している部分があって、せっかく保存しても活かしきれてなかったなぁって。
日記はブログのネタにもなるから頻繁に見返してたけど、もっと意識して振り返る習慣をつけたい!
っていうところから、今回の自分の言葉というテーマにつながります。
経験をもとにした意見も大事

読書して気になった言葉をノートにまとめたり、ネットで心に響いた記事をスクショしたり。
なんとなくアウトプットしている気になっていたけど、これインプットの範疇なのか?と思ったの。
他人の言葉を暗記しているだけだから、自分の言葉が増えないのか!って気づきました。
すっごく当たり前のことなんだろうけど、書き写すだけじゃ意見は生まれないのよね。そう、自分の言葉とは意見だ。
どう感じたか、なにを学んだか、どう活かせるのか。アイディアが生まれるように、ストックした情報も活用していきたい。
そもそも「自分の言葉」ってなに?
こんなこと言いつつ、そもそも「自分の言葉」ってなに?とも思う。
他人の言葉に影響をうけて、そこから意見をプラスしたら自分の言葉になるの?そこに他人の言葉が混ざっている場合は?
言葉って不思議ですね。
まずは外側に求めてもいいと思う
「私は何者か」という、自分を表す言葉が欲しくて内面の名前を探していたけど、経験からも自分を表現できると気づきました。
ただし、いまだから取り組めるなぁ、とも思う。
もし、暗中模索の状態だった6年前に「経験から意見を考えよう」とか言われても、
そのまえに、自分で選んだ感覚がないんだってばよ!!!
※突然のナルト
って、反発していたと思う。
自分の意見がわからないから、だれかにビシッと定義して欲しくて、外側に探しているので。
しばらく探しまくって、集めまくって、ひと段落したら、「なにが言える?」と考えるタイミングを持つといいのかなぁと思う。
自分を表す言葉と、自分の言葉
自分を表す言葉には、内面的な部分と、そこから生まれたエピソードの2種類あるんだなと。
たとえば、こんな感じ↓
内面を表す
- 慎重
- 完璧主義
- おおざっぱ
関連エピソード
- 新しい物を購入する前には、3年くらい悩む
- 自分で納得できるレベルに到達した成果物でないと評価できない
- スケジュールは、その日の気分を優先する
これらは自分を表す言葉。そこから、意見や信念が生まれて、自分の言葉になっていくのだと思う。
ボヤっとした気づきの報告記事になったけど、読んでいただいて、ありがとうございましたー