心の病気はオバケ

こんにちは、ももか(@momohsphss)です。

誤解が生まれそうで怖くて表立って言えなかったこと。【心に病気はない】という見方について、オンラインサロンに記事を投稿したんですが。

時間が経つにつれて「私の核になる大切な部分だから、ちゃんと表で伝えよう」という気持ちが強まったので、ここで公開します。

最初にお伝えするのは、誰かの考えを否定したり、何かと戦うつもりは一切ありません。自分の経験から当事者として感じたことです。

そして、この考え方を採用したら実際に生きやすくなったので。「こんな見方もあるよ」というご提案です。

「ある」と「ない」どちらを証明するか

心は目に見えないので。病気を証明するには科学の力で脳波を測定したり、統計学を使ってデータを集めたりします。

でも大抵の研究がそうであるように【仮説】が存在するわけですね。ある」を証明しようとすれば、それに基づいた証拠が集まる。「ない」も同じ。

心の病気はオバケと一緒なのです。

存在すると思っている人は、その基準で出来事を解釈します。存在しないと思ってる人も同じです。

ということで、私の言う「心に病気はない」の意味は伝わるでしょうか?

両方経験したから言えること

私は心の病名がついたことがあります。4年も精神安定剤を飲み続けたし、心療内科にはお世話になりました。

その時期があったから今があるとも言えます。

だけど、私を本当の意味で生きやすくしてくれたのは薬ではなく『自分を知ること』でした。

HSPHSSを勉強して刺激の処理に時間がかかるだけと知って。去年からは病名を全て手放して【生身の私】として人や社会と向き合って。

そして、たくさんのHSPHSSと話してきて。

「心に病気はない」という見方を採用した方が人の可能性は広がるのだと実感したのです。

もうシンプルに、この考え方が好きなのでしょう。

否定ではない

精神医療や、心の病名を持っている人の否定ではありません。気の持ちよう、思い込み、逃げだ、と言いたいわけでもない。

最初の説明に戻るけど。「あるを採用して物事を見ている人」と、そうではない人というだけで、それがダメ・悪いこと、間違ってるっていう話ではないです。

急に冷めた感じになるけど、別に他の人が何を採用しようとあまり興味はないのです。正しさを主張して議論の闘志を燃やすエネルギーを持ち合わせてないんです。

ただ、薬を飲んでも心の病気を克服しても悩みはなくならない。落ち込むことも後悔することもある。

自分を責めたり人とすれ違うこともある。その理由を全部病名に求めてたら名前がいくつあっても足りない。

だったら「心に病気はない」「今が普通なんだ」という前提を採用して、自己理解を深めた方が人生で応用効くじゃん!

という、自分の経験から導き出した現時点での結論を伝えていこうかなと。

そんな感じです!

*サロンの記事はここまで*

 

この記事で誰かが傷つくかもしれません。否定されたと感じる人も、いるかもしれません。

どれだけ言葉を並べても、私が自分の立場をハッキリさせる以上は不快感を抱く人が出るのは仕方ないと思います。

その部分も受け止めて、名前に苦しんでいる人や自分と向き合いたいと思っている人へ、勇気と希望を届けられたらいいなと思います。

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