何気ない日常

楽になるための苦しみは必要なのか

こんにちは、ももかです。

気質の研究から発展して、性格に目を向けるようになって。

少しずつ発信を変えていったとき、見えてしまったもの。

HSP特性を解決すべき問題として、自分責めの材料に使っている人

ありのままを受け入れるのは苦しい

きっと、こだわりがあるから目についてしまうのだろうね。

そのままでいいわけない
この気質だから生きづらい
だから私はダメなんだ

こうなる気持ちがすごーくわかるし、拒否反応が出るのも痛すぎるほどわかるから。

私はHSPの自分を受け入れるまで2年かかりました。

ももか
ももか

何も問題ない?
生まれ持った才能?

そんなはずないでしょ。
偽善者みたい。

繊細さが能力?
こんなに面倒な能力なら消えて欲しい。

なんて、考えていました。

ありのままを受け入れるって、そう簡単にはいかないんです。

頑張ってきた自分がものすごく抵抗するので、その期間はすごく苦しい。

性格分析で人を傷つけてしまう恐怖

性格分析や心理プロファイリングは、普段から呼吸するようにやっていること。

人がわからなすぎて、集団に溶け込みたくて、観察しまくって見えるようになった傾向と対策。

だけど、それを人前で披露するのはパンドラの箱を開けるような怖さがあります。

人が無意識に押し込んでいる

劣等感、罪悪感、自己否定、トラウマ

というネガティブな感情にダイレクトに触れるから。

見えていたけど黙ってた

他人の心の本質は、ずっと見えていたけど、黙って見て見ぬふりしてきました。

言葉にすると傷つけてしまうから。

ブログでも、ずっと【特定の誰かを連想させる内容】を避けてきました。

読んだ人が、罪悪感や羞恥心を刺激されて嫌な気持ちにならないように。

「こういう人、私の身近にいます。本当迷惑ですよね。」

と、攻撃する材料にならないように。

私以外の登場人物は極力出さないように、最小限にしようと意識していました。

精神的な問題解決が生きる気力になっている人に「問題ない」と言う恐怖

私の発信を見てくれている人は、○○障害といった心の病名がついているケースが多いです。

これまで、

  • 病名と格闘するももかさん
  • 精神的な問題を抱えているももかさん

に共感してくれていた人は、病名を全て手放して【そのままの私】を受け入れ始めた姿に違和感を持ったと思います。

想像だけどね。

というか、私自身が、ずっと病名を手放すことを目標にして、それが生きる気力になっていた部分があったから。

全部手放したら、上手くいかない原因は全て【私だから】しか残ってなくて。

楽になるための場所で苦しみを増やすなら

「私だから」を受け入れるのは、激痛のツボ押しみたいで、長年の毒素が出まくりで、文字通り『悶絶』しました。

私が通ったこの道は、一度死んで生まれ変わるくらいの大きな痛みを伴う。

そんな人生の試練は、きっと経験しなくてもいい人もいる。

楽になるために辿り着いたこの場所で、苦しみが増えるなら、今まで通り、見なかったことにした方がいいのかもしれない。

そんなことを考えていました。

私、そんなこと思ってたんだ…ここで文字にするまで気づかなかった(;O;)

経験したことしか伝えられないから

私は経験したことしか伝えられないし、本音を語ることしかできない。

いまは、人の温かさに気づくようになって、両親の愛情もたくさん見えるようになって。

意味がわからなかった父の行動も、愛情表現だったと知って。

社会で関わる人も、ずっと「私を傷つける敵だ」と思って、不安で体に力を込めていたのに。

みんな私を受け入れていて、いつでも手を差し伸べてくれて、助けてくれる人たちだった。

その現実が見えてしまったんです。

世界はこんなに優しかったよ

【生身の私】を受け入れたら、世界はこんなに優しい場所だったのかと気づけた。

社会と関わっていこうと思えた。人と一緒にいたいと思えた。

迷いの中、過去のメルマガを大量に表に出して、この3年間を振り返ってみたら、自然と次のステージに行こうと思ったんです。

だから、このブログをリニューアルして再スタートすることにしました。

選択肢を増やす場所として

気質も性格も、知らずに生きていける人はたくさんいます。

改めて知識をつけなくても、自然と自分を客観視して理解できる人が大半だと思います。

本来持っているものや【そのままの私】なんて、受け入れなくても楽しく暮らせる人もいます。

逆に、一生かけて追及し続ける人もいます。

迷って苦しんで戦って、そのまま命を終える人もいるでしょう。

たまたま、私は知ってしまったから。そして、見ている世界を発信するのは呼吸と同じで、それを封印するのは息を止めているようなものだから。

世界のどこかに、もしかしたら必要としている人がいるかもしれないから。

通りすがりの誰かが、それぞれの感性で何かを感じ取って学びに変えてもらえたら、というこれまでのスタンスはそのまま。

選択肢を増やす場所として、伝え続けていきたいなと思います。

 

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