こんにちは、ももかです。
過去の投稿を読み返していたら、2020年7月~10月くらいに考えていたことが出てきたので。記録用に掘り起こして再投稿します!
- 高校時代の思い出話
- 会社員に憧れた話
- 夢分析の話
こちらの3本になります。
過去のつらい経験は「かわいそう」アピール?|高校の話
(2020年7月くらいの話)
今日の午前中は健康診断で、久しぶりに出身高校の近くを通りました。
3年間通った駅から「部活の朝練辛かったな」とか「文化祭の後、あそこのカラオケで打ち上げしたな」とか、当時を思い出しつつ病院まで歩きました。
学校の前は通らなかったけど、14年ぶりに通学路を歩いて、やっと過去にできたような気がします。
保健室と図書室のウラ
私にとって高校時代は黒歴史。
体調が悪くなるたび、母が何度も高速を飛ばして迎えに来てくれて。授業中我慢できず床に座り込んでしまい、その後保健室に駆け込んだこともありました。
薬の副作用で朝起きれず遅刻して、教室に入りにくくて、4階の図書室裏の通路から、ぼーっと空を眺めていたり。その通路から、校庭でサッカーしている生徒を見おろして、賑やかな声に切なくなったり。
仲良くしてくれる友達はたくさんいて、ハブられたり、いじめられることもなかった。みんな心配してくれた。ひとりになりたいけど、ひとりになるのが怖かった。
「私は、このまま生きていかなきゃいけないのか…」
「友達といると楽しいけど、なんか無理してる気がする」
そんなことを考えていた気がします。
「かわいそう」アピールがしたいだけ?
だけど。大人になって月日が経つうちに、そんな記憶も実は私の勘違いだったのかも、と思うようになりました。
過去を悪者にして「私はかわいそう」と、大変だったアピールをしたいから、いつまでもそう思っているのでは?と。
最近とくに、過去に囚われているだけなのでは?と思うようになったんです。
いい加減、忘れなよ。いつまで、たった3年間のことに囚われてるの?被害者アピールしてるから、いつまで経っても、そこから抜け出せないんだよ。
そんなことを、心の中の私が呟くようになりました。
楽しかった記憶も「なかったこと」にしてない?
苦しかったし、大変だったのは事実。だけど、本当にそれだけ?
本当に全部が全部、消したい過去なの?楽しかった思い出、大切にしたい思い出も、なかったことにしてるだけじゃないの?
久しぶりに、14年前と同じ道を歩いてみて。
「私の高校生活は、苦しくて大変だったけど。それなりに楽しいこともあった…のかもしれない」と、しんみりしました。
飲みながら文句言いつつ思い出話する|働く大人への憧れ
(2020年7月くらいの話)
20代前半のころ、男性9割の会社でがむしゃらに仕事していて。先輩に「ジャンヌダルクになれ」と言われたことがありました。
そのときは、よくわかんないけど女戦士的な意味?くらいにしか思わなくて。周りの声も右から左に受け流して、ただ頑張ることしか方法がわかりませんでした。
結果的に体調崩して心を病むという処刑を受けたけど。
私はジャンヌダルクになれていたのかなぁ。風穴開けられたのかなぁ。
大企業の管理職になりたい
ずっと父みたいに大企業で管理職になるのが目標でした。(父は長年管理職を務めたあと脱サラして起業してます)
大学生のころから組織で働くサラリーマンに憧れがあって。でも「あれ?私、このまま会社で働くって無理かも」と、なんとなく悟ってしまって。
フリーランスに片足突っ込んで、「既にある組織が無理なら、自分で組織を作ればいい」と思って、仕組みを作ること、人を巻き込むことを考えて働きました。
それも、ことごとく失敗して強制終了。
働く大人
「私は普通に働けないのかな」と思いつつ、どこか組織・サラリーマンへの憧れが捨てきれず。
このまま頑張っていれば、いつかまた正社員として、みんなと一緒に働ける。
泣いたり笑ったりしながら、文句言ったりケンカもしながら。飲み屋さんで過去を振り返って「あいつ最初は嫌いでさ笑」みたいな、思い出話をワイワイする。毎日淡々と業務をこなしながら、繁忙期やピンチのときはテキパキと頼もしく指示を出す。
こういう働く大人になりたかった。
仕事のできる男性と父の姿
いつもいつも、私が憧れるのは仕事のできる男性。恋愛感情ではなく。
「あんな風になりたい」
「追いつきたい」
「同じ世界にいたい」
と思う。不思議と女性に憧れることはない。
それもそのはず。私が追いかけて、なりたいと切望していたのは、きっと父の姿。でも、私は父にはなれないみたい。(と、書きつつ、「そんなことない!なれる!」と、まだ未練が…)
なかなか、違う道を受け入れるって難しいね。
バレー部の夢。できなかったことしか浮かばない|夢分析
(2020年10月くらいの話)
私はバレーボールの夢が精神状態のバロメーターです。夢といっても目標ではなく、睡眠中に見るアレです。
よく中学時代のバレー部の夢を見るんですが。大学で夢分析を習ったので、夢から精神状態を分析する習慣がつきました。
部長なのに足を引っ張っている!
生きづらさ真っ只中のときは、試合中に得意のサーブが決まらず「なんで入らないの!?部長なのに足を引っ張ってる!なんとかしなきゃ!」と焦っている夢を頻繁に見ました。
当時すごくサポートしてくれた副部長が必ず出てきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
本当に全身の筋肉が緊張する体の感覚まで伝わってきて、起きた瞬間になんとも言えない悔しさを覚えます。
この夢を見ると「結果が出なくて焦ってるな」と自分を見つめ直します。
副部長へ「一緒にやろう」
生きづらさが弱まってきたとき、1度だけ夢の内容が変化しました。
目の前に顧問の先生がいて、私はパイプ椅子に座って指示を受けています。内容は忘れたけど、とても1人では対応しきれないので、「どうしよう」と戸惑っていました。
そして後ろを振り向くと副部長がいて。私は副部長に向かって「一緒にやろう」と声をかけました。
起きた瞬間に、自分のステージが変わったのだと思いました。このときから、しばらくバレーボールの夢は見なくなりました。
消えた副部長
ところが昨日、またバレーボールの夢を見たんです!今度は砂浜でビーチボールをしてました!(ボールは硬いガチのやつ)
大勢の知らない人たちばかりで、みんな初心者で男の人もいました。副部長はいません。
私は一番後ろから、男の人が取りこぼしたボールを拾って必死にフォローしてました。
取れるか!?落とすか!?というギリギリのところで必死のレシーブです。次につなげられず、手を出すのがやっとでしたが。
本当に好きだったのは
起きてから、いつものように夢分析をしました。
ずっとずっと。私のバレーボールの記憶は、自分勝手にメンバーを振り回したこと、キャプテンなのに試合で負けると1番泣く、っていう「上手くできなかったと感じたこと」に浸食されていたんです。
今回の夢で、ボールをつなぐのが1番好きだったと思い出しました。
サービスエースを決めて流れを変えるのは気持ち良いし、セッターとして自分の采配でメンバーが活躍できるのもやりがいあるけど。
バレーボールの何が楽しいって、チーム全体でボールをつないでピンチをチャンスに変えることなんです。
社会に出てリーダーは結果を出す人と思ってから、チームでやることの楽しさを忘れていたようです。
なんだか、とても大切なことを思い出せた気がします。
こんな時期もありました
はい、2022年5月に戻ってきました!
私の原点は、2017年に10年分の日記をアメブロに書き写して公開し、当時の自分に対して、現在の私がコメントを書くという荒療治から始まっています。(このときは読者さん1人もいなかった)
やってること変わらないやないかーーい!笑
この記事書くまで忘れてたけど、本格的に発信を始めたのが2017年5月~6月あたりなので。丸5年経ったのか。
自分と向き合う決意をしたのが2015年。あれ?もう7年か。やばー
こんな時期もありましたっていう記録です。
それでは~